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製造業の海外移転を考える(野口先生のブログから)

2011年11月26日

 野口悠紀雄先生のコラム「震災復興とグローバル経済――日本の選択」がシリーズでブログに掲載されています。未来開発パブリシティ委員会の関心事の一つに「海外動向」があがっています。その参考として情報提供させていただきます。

・ 産業構造は、継続的な円高、震災による国内生産条件の変化で大きく変わった。これらは構造的な変化で、経済に対する考え方、政策のあり方も見直すべきだ。

・ 海外生産比率は、特に機械産業において顕著な増加があったが、進出企業の戦略は、現地の需要に対応しようとするものが多い。

・ この結果アジアにおいては、日本の製造業は、海外生産で安い労働力を使って安いものを作り、結果として低価格競争に巻き込まれて行かざるを得ない。このような従来型の海外生産は製造業を衰退させる。

・ 今後は、アジア新興国の需要に対応するよりは、日本の需要に応えることを目的とすべきであり、エネルギー消費の大きな産業を移転すべきだ。

などなど、興味深い提言がみられます。あくまで、経済学の立場、マクロな立場からの視点ですが、それらを参考にしつつ、企業の立場からは、それぞれにとっての戦略的な意味(進出目的)を明確にしてゆくことが大事だと思います。

尚、掲載されているURLを最後に紹介いたしますが、シリーズで大変長いものです。以下、日本企業の海外移転に関係する部分をサマリーさせていただいたので、参考にしていただければ幸いです。


【以下サマリー】―――――――――――――――――――――――――――

東日本大震災によって日本経済の条件は大きく変わった。4月以降の貿易収支の大幅な赤字化、震災による国内生産条件の悪化などである。企業(特に大企業)の生産拠点の海外移転の動きは円高によるものだが、生産条件の変化に対応していっそう加速するであろう。電力供給の不確実性、電力料金の上昇、復興投資による金利上昇などによって、国内での生産や投資はますます不利になる。これらの変化を受け止め、経済に対する考え方を大きく変える必要がある。

(1) 国内の産業構造を、これまでと同じものに維持する必要はない。大震災で日本の比較優位は大きく変わったので、この機会に産業構造を大きく変えるべきだ。企業はすでに生産拠点の海外移転を進めているので、それを押しとどめてはならない。雇用創出は、国内に新しい産業を作ることによって行うべきだ。

(2) 新しい産業によって脱工業化が進めば、電力需要も減る。それでも電力が不足するのであれば、無理して火力発電へシフトするのでなく、製品輸入を増やすべきだ。これは、外国の電気を間接的に購入することを意味する。

(3) 新しい産業を興す場合、日本人だけを雇用しようとするのでなく、外国人専門家の活用を考えるべきだ。

(4) 復興財源に関しても、日本が保有する巨額の対外資産の活用を考えるべきだ。国際収支においては、貿易収支の黒字化をめざすのではなく、所得収支の黒字拡大をめざす必要がある。

 これらの方向付けは、そもそも震災以前から必要とされていたものだ。つまり、震災による変化は、進むべき方向を変えたのではなく、その方向を選択する必要性を強めたのである。

 海外生産比率の増加についても、構造的な変化を見る視点が必要である。

 海外生産比率は、機械産業、とりわけ、情報通信機器(26・1%)、輸送機器(39・3%)において高い水準になっている(数字はいずれも国内法人ベース)。大企業によって行われている組立型の生産活動は、すでにかなりの程度、海外に移ったことがわかる。

 自動車について企業別に海外生産比率を見ると、ホンダ72・9%、日産71・6%、スズキ61・5%、トヨタ55・9%と、生産の過半は海外で行われている。OEM(相手先ブランドによる生産)メーカーやファウンドリー(半導体チップの生産工場)への委託による海外生産を含めると日本製造業の実態的な海外生産は、上の数字以上に進んでいると考えることができる。

 日本企業の海外移転は、リーマンショックによる経済危機までの10年間中断していた。昨年夏ごろから生じている海外移転は、つまり、この10年間の円安バブルによって一時的に中断されていた動きが再開しただけのことである。それまでは円安が続いていたので、外国から見た日本の賃金は低く抑えられていた。そのため、海外移転の必要性は緊急の課題ではなかった。しかし経済危機後に円高が進み、ドルで評価した日本の賃金は上昇した。だから海外生産の有利性が高まった。とりわけ労働力を多用する組み立て型製造業の海外移転が進んでいる。

経済危機によって、国内法人の利益率が急減し、国内生産と海外生産の相対的な関係性が逆転し、海外生産が圧倒的に有利になったのである。需要の減少は世界的だったことを考えれば、国内と海外でこのような利益率の差が生じた大きな原因は円高にあったと考えることができる。

 震災以降の今後を展望すると、電力コストの上昇によって、国内の利益率はさらに下がるだろう。そして、それは電力多消費産業である製造業において顕著に生じることだ。だから、移転を阻止するのは不可能だ。それを所与として、国内での雇用創出を目指すしかない。それをいかなる方策で行うかが重要な課題だ。

従来型の海外生産は製造業を衰退させる

製造業だけに限ると、現地法人の従業員はで368万人だ(基本調査」)。ごく最近の数字との関係を見るために「海外現地法人四半期調査」を見ると、10年10~12月で357・1万人だ。これは、日本の製造業の総雇用者1004万人の35・6%であり、かなり高い比率と考えることができる。

 進出企業の戦略は、現地の需要に対応しようとするものだ。つまり、「日本人が使うものをアジアの工場でアジアの労働力を用いて生産する」ということではない。日本企業は、安価な労働力を求めているというよりは、安価な需要を求めているのだ。そして、アジアの場合、売れるのは低価格製品が中心で、従業員1人当たりの売り上げは国内の半分と少ない。ただし、低賃金なので国内生産より利益率は高くなる。

これを簡単にいえば、日本の製造業は、海外生産で安い労働力を使って安いものを作り、その結果利益が増加しない。アジア進出は製造業発展のために役立っているとはいえない。このような形態の進出が望ましい形なのか否かには、大いに疑問がある。

 本来であれば、高い技術を用いて高品質の製品を製造し、高い付加価値を実現すべきだろう。しかし、現実には、低価格製品の価格競争に巻き込まれていると考えざるをえない。いわば日本製造業の劣化が進行しつつあるのだ。生産性を高めるのでなく、需要だけを追い求めている。日本企業はこれまでも利益を追求するのではなく、量的拡大のみを追い求めることが多かった。それが海外進出にも引き継がれているのだ。

 ところで、09年以降の海外進出の円高を背景とした加速、また、大震災による日本経済の条件変化も、新しいタイプの海外進出を促している。こうした変化を反映して、今後の海外進出がこれまでとは異なる性質のものになることを望みたい。特に次の2点が重要だ。

 第一は、低価格競争からの脱却だ。これを実現するには、アジア新興国の需要に対応するよりは、日本の需要に応えることを目的とすべきだろう。

 第二は、業種が変わることだ。これまでは、海外進出は組立型の機械産業が中心だった。今後は、エネルギー消費の多い装置産業が移転することを望みたい。これは、日本に対する供給基地としての役割を果たし得るだろう。

 高価格製品の場合と同じ生産設備を用いて低価格製品を生産すると、固定費は比例的には縮小せず、したがって産出物価値に対する付加価値の比率が低下するのであろう。その意味で、低価格製品は効率の悪い生産なのである。そのため、低賃金国で雇用者報酬を圧縮できても、利益率が高価格製品よりは低下してしまうのだ。それにもかかわらず、現実に売り上げが伸びている地域は、1人当たり売上高が最も低い「その他アジア」である。つまり、日本の製造業は、これまでよりさらに、低価格製品にシフトしつつある。

従来のやり方では、日本の製造業は衰退する。その理由として一般に指摘されているのは、次の3点だ。

(1) 国内雇用が流出する(雇用の量的側面でのマイナス効果)

(2) アジアの低賃金に引かれて日本の賃金も下落する(雇用の質的側面でのマイナス効果)。これは日本の中国化だ。

(3) 製品に差別化特性がなく、価格引き下げ競争に巻き込まれる。

 それに加え、ここで述べたように「低価格製品であるため、産出額に対する付加価値率が低下し、低賃金労働を用いても利益率を高められない」という問題があるのだ。

 第一は、差別化した製品の生産を増やすことだ。アップルの製品であっても、中国での需要増大が顕著という。しかし、これは薄型テレビなどのような激しい価格競争には巻き込まれにくい製品だ。

 第二は、アジアの現地需要を取り込もうとするよりは、これまでの電気器具のOEM生産のように、日本の需要に応えることを考えることだ。

 第三は、組み立て型製造業だけでなく、エネルギー多使用型製造業の海外立地を考えることだ。

 第四は、製造業だけでなくサービス産業、なかんずく金融の海外進出を考えることである。

 これまでは、「ものづくりこそ日本の使命」として、製造業を維持しようとしてきた。しかし、円安政策は製造業の生産を増やしはしたものの、雇用を回復させることはできなかった。そして、経済危機後は、雇用調整助成金によって雇用を支えてきたのだ。それ以降進行した円高と震災後の電力不足によって、こうした政策では雇用を支えきれないことが明らかになっている。


【出展 URL】――――――――――――――――――――――――――――

コラム・連載 / 野口悠紀雄の「震災復興とグローバル経済――日本の選択」

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(新連載・第1回)条件が変わったのに考え方はもとのまま(1) -2011/06/13 12:03

以上