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相澤会長 平成27年 年頭所感
2015年01月05日    カテゴリ:12.協会役員ご挨拶 

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      平成27年 年頭所感

一般社団法人日本ねじ工業協会
 会 長  相 澤 正 己

 

平成27年の新春を迎え、謹んでお慶び申し上げます。
 昨年5月に6年間会長を務められた前竹中会長のご勇退に伴い、ご指名により会長職を拝命致しました相澤でございます。 さて、昨年は4月の消費税増税前の駆け込み需要により、3月までの消費は一時的に増加致しましたが、4月以降はとたんに消費者の財布の紐は固くなったようです。日本経済はアベノミクスを支える成長戦略を推進するために、政府・日銀の金融緩和政策により「円安」、「株価高」は進行していますが、本来これにより目指した「輸出拡大」と「消費拡大」は期待できる状況ではなく、デフレ脱却、税の増収、財政の健全化見通しも十分とは言えません。そして政府や有識者の予想に反し、GDPはプラス基調を持続せずにマイナスへと転じ、安倍総理大臣は今年10月に行われる予定であった消費税10%への増税を1年半延期することを決断しました。

 ところで今年の世界経済の予測を見てみますと、国際通貨基金(IMF)は昨年10月発表の世界経済見通しで、今年の世界経済成長率は3.8%まで上昇すると発表しております。先進国(地域)の成長見通しは2.3%を見込んでおり、主要国では米国が3.1%、中国が7.1%、ユーロ圏1.3%、ASEAN諸国5.4%、そして日本は0.8%となっています。また某銀行発表の今年の業界別見通しでは、我々の業界と関連している製造業で前年比増益と見込まれているのは、総合重機、自動車、産業機械、工作機械、運輸、建設としていますが、消費税増税の延期が日本経済にどう影響するのか注視しなくてはならないでしょう。 

 さて協会の事業に目を向けてみますと、重点事業の一つとして行っているねじ製造技能検定制度では、昨年開催した検定受験者向けの講習会には144名もの会員が参加され、2月には4回目を迎える2級検定試験を実施いたします。この検定制度については、講習会用テキストの見直し・充実に取り組むとともに、会員外の希望者も対象に機会を提供するなどの改善を図ってまいります。また未来開発・パブリシティ委員会では、今年7月に一般社団法人日本鍛圧機械工業会と日刊工業新聞社が主催する「プレス・板金・フォーミング展」への出展と、今年迎える当協会創立55周年にあたり、50周年事業の時に好評だった有識者によるフォーラム講演会及び次世代を担う管理職及び中堅リーダーによる参加型ワークショップの開催に向けての準備、また技術委員会と協調したJIS六角ボルト・ナットの規格改正周知活動などを引き続き進めてまいります。国際委員会では、海外五地域のねじ生産企業を会員とする団体との国際交流が今年は香港で開催が予定されており、有意義な実のある国際活動に取り組みます。今年も引き続き委員会・部会活動に皆様のご意見・ご要望を反映しながら推進してまいりたいと考えております。

 最後になりましたが、会員の皆様方並びに関係各位のご健勝とご発展を祈念いたしまして、新年のご挨拶とさせていただきます。

 

協会創立55周年事業「プレス・板金・フォーミング展」への出展に向けて
2014年12月17日    カテゴリ:06.未来開発・パブリシティ委員会の特集記事 

 未来開発・パブリシティ委員会(藤田守彦委員長)は、協会創立55周年に当たる来年の記念事業の一環として、「プレス・板金・フォーミング展(MF-Tokyo2015)」へ出展すべく、企画検討・準備を進めております。

  開催時期  : 平成27年7月15日(水)~7月18日(土)
  場   所  : 東京ビッグサイト
  主   催  : 一般社団法人日本鍛圧機械工業会

 同展示会は、ねじ製造とのご縁の深い一般社団法人日本鍛圧機械工業会様よりご要請をいただき、協会として出展することになったものですが、その企画・準備につきましては、未来開発・パブリシティ委員会が中心となって進めて行くこととなりました。

 未来開発・パブリシティ委員会は、その目的とする「ねじ業界の地位の向上」や「協会活動の後継づくり」に資するものとして、また「記念事業にふさわしい対外発信イベント」として、是非とも成功させたいと考えております。委員会としては、同展に集まる自動車・電機・機械およびその部品産業など、ねじユーザーに広くアピールすべく、テーマ性を持った展示とイベントを用意する方針です。仮称ですが、以下の二つのテーマを中心に組み立てて参ります。

・ 「ねじユーザーの技術革新を支えるねじ」
  様々な最終製品には、ねじが使われており、ねじがその製品の技術革新を支えていることを訴えたい。
・ 「JIS本体規格品の普及促進」
  今年から始まった協会活動として、その重要性を訴えたい。

 現在、同委員会の下に「プレス・板金・フォーミング展出展準備委員会」(高須俊行委員長)を設け、具体的な準備活動を開始しています。とともに会員企業様には、「ねじユーザーの技術革新を支えるねじ」をテーマに、訴求すべき展示コンテンツの収集にご協力いただけるようお願いをしています。

 協会会員様には、展示アイテム案の応募方法につきまして、以下の通りの文書で既にお伝えしています。
 
(1)協会創立55周年事業「プレス・板金・フォーミング展」への出展協力依頼について
(2) プレス・板金・フォーミング展出展応募申請書(申請用紙及び記入事例)
               【 出展応募申請書ダウンロード 】

 協会会員様には、展示アイテム案の応募申請書の記入ガイドに従って、必要項目を記載していただき、平成27年1月20日(火)までに、事務局までFAXでお送り下さい。奮ってご応募下さいますようお願いいたします。

 また、未来開発・パブリシティ委員会、プレス・板金・フォーミング展出展準備委員会の委員より個別にご相談させていただくこともあるかと思います。よろしくご支援のほど、お願い申し上げます。

 

一般社団法人日本ねじ工業協会

未来開発・パブリシティ委員会
                            委員長 藤 田 守 彦     

プレス・板金・フォーミング展出展準備委員会
                            委員長 高 須 俊 行     

 


 

<当件お問い合わせ先>

    一般社団法人日本ねじ工業協会 事務局 担当 村木、荻上
    TEL:03-3434-5831 FAX:03-3434-0546 E-mail:honbu@fij.or.jp


                                           以上

株式会社中島田鉄工所 代表取締役社長 中島田正宏氏
2014年10月29日    カテゴリ:01.「トップに聞く」 

「トップに聞く」

 株式会社中島田鉄工所

 代表取締役社長 中島田正宏氏


  聞き手 未来開発・パブリシティ委員会「トップに聞く」グループ


 インタビューサマリー
  ・ 複雑形状パーツ対応で新たな立場を
  ・ 刀鍛冶から鉄工所、日本初の国産ヘッダーへ
  ・ 展示会の1台から海外へ。関連業種とのサービス連携も
  ・ 超小型人工衛星の開発も、すでに5号機
  ・ 若い人材を伸ばすには、伸ばせる会社でなければ
  ・ ねじの重要性をまったく分っていなかった
  ・ 「どのねじ屋さんにも必ず1台」が夢
  ・ 業種を超えて、お客様に最適な提案をしたい
  ・ 会社概要

 

創立100周年記念のパネルの前で中島田社長

 

 

中島田正宏 (なかしまだ まさひろ)

1968年生まれ。1992年米イリノイ大学 シカゴ校を卒業。大手自動車メーカーでのデザイナーを経て、1996年株式会社中島田鉄工所に入社。2010年代表取締役社長に就任。

 

 

 

 


複雑形状パーツ対応で新たな立場を

―― 御社で製造しておられる機械の種類を教えてください。

中島田 弊社は圧造機械、ヘッダーの専業メーカーで、大きく分けると3シリーズの機械を製造しています。2.5ミリ以下の「マイクロシリーズ」、通常のねじやパーツに使われる「NSシリーズ」(1ダイ2ブロー)とフィンガーレストランスファーの「NPシリーズ」(2ダイ3ブロー)、また多段のフィンガートランスファーの「BTシリーズ」、「BTXシリーズ」、「MSTシリーズ」があります。

MST606 (6ダイ6ブロー多段パーツフォーマー)

( MST606 (6ダイ6ブロー多段パーツフォーマー) )

―― 高いシェアを持っておられるとお聞きしています。

中島田 マイクロと、1ダイ2ブロー、2ダイ3ブローの分野では、おかげさまで国内では高いシェアをいただいています。1ダイ2ブロー、2ダイ3ブローは材料径4ミリから16ミリまでが弊社機械の範疇で、そのサイズにおいてのベストな機械を作ろうと考えています。
 MSTを中心とするフィンガートランスファーシリーズもこの10年で徐々にシェアを上げてきましたが、これからはさらに複雑な形状のパーツ成形の分野を切り開きたいと考えています。他社では圧造化が難しいと言われる形状にこそ対応していかないと、機械メーカーとしての新しい立場を築くことができないと思うからです。金型を開発するだけでは解決せず、機械も新たに開発しなければならない場合もあり、年に2~3機種は一品製作の特殊機械を作ります。このようなオーダーは「絶対に失敗できない」という難しさはありますが、それは醍醐味でもありますし、完成するとうれしいですね。

―― 御社の強みはどこにあると思いますか。

中島田 一つは精度だと思います。昔、研削盤を作っていたころから、精度には非常にこだわってきた歴史があり、当時の研削盤の組立技術も今のヘッダーに活かされています。きさげ(すり合わせ)をものすごく重要視していて、そういう技術は守っていかなければいけないと思います。
 もう一つは、ヘッダーを作り始めて50数年間に製造した9140台の機械の図面が、どんなに小さい部品でもすべて残っていることです。ですから中古品でも、シリアルナンバーが分かれば必ずパーツを供給できます。
 また30~40年使用されて初めてオーバーホールという機械が多く、耐久性にも自信を持っています。

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刀鍛冶から鉄工所、日本初の国産ヘッダーへ

―― 御社はどのような経緯で創業されたのですか。

中島田 私の曾祖父は刀鍛冶でした。第一次世界大戦ごろ刀の需要はなくなり、新たな仕事として、農業用機械を作りはじめたのが機械屋としての始まりで、1911年に中島田鉄工所を創立しました。

―― 工作機械を作るようになったのは。

中島田 1939年ごろ、軍の指示で砲弾を作るための旋盤やフライス盤を作るようになり、産業機械を作るようになったと聞いています。
 戦後は、より精度の高い機械や研磨盤の製作を始め、それが現在の中島田鉄工所の礎になっています。

―― ではヘッダーを作るようになったのは。

中島田 1950年代はすべて輸入のヘッダーでしたが、あるお客様から国産のヘッダーが欲しいというお話をいただき、最初の「H20」という機械を作りました。1959年12月に完成し、1960年に納品したと記録されています。6ミリの1ダイ2ブローという、ねじ製造の一番基本的なヘッダーで、これが現在のNSシリーズの原型です。
 その後、別のお客様から1ダイ2ブローではできない形状で、首の短い製品を作る機械のご相談をいただいて作ったのが、2ダイ3ブロー、フィンガーレスの機械です。これが現在ではNPシリーズになりました。

―― 近年の市場について、変化を感じておられますか。

中島田 お客様が作られる圧造製品市場の流れが、そのまま圧造機械への要求や注文に反映されるので、特にこの15年ぐらいの急速な市場の変化に、お客様がどれだけご苦労されているかが分ります。極端に短い製品とか、特殊な形状、これまで経験したことのない特殊材料のご相談も増えています。
 金型や圧造製品を新規開発する場合、製品形状や要求精度、材料やサイズなどの前情報はすごく大事ですが、その情報がそろっても、実際に圧造での成形が可能かどうかかの判断はとても難しくなっています。もちろん圧造工程のシミュレーションもしますが、シミュレーション上ではできなくても、なぜか実際やってみるとできてしまうこともあります。圧造技術はまだまだ奥が深く、一つひとつ経験していかないと技術が蓄積できない世界です。

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展示会の1台から海外へ。関連業種とのサービス連携も

―― 海外にも積極的に展開しておられます。

中島田 1970年に商社を通じてアメリカの機械の展示会に、またほぼ同時期にヨーロッパの展示会にも出展したのが、最初の海外との接点だと聞いています。現会長である父になぜ海外に出展したのかと聞いたのですが、「ちょっと1回出して、実力を試してみたかっただけ」と。父はそう言いますが、当時海外の機械はすごく頑丈な一方で、こちらはまだまだ経験不足でしたので、最初は相当苦労したと思います。
 その後は現地の商社を通して少しずつ販売が増えました。また、本格的に機械を販売するにはアフターサービスやメンテナンスが現地でできる体制は必須だろうと、1970年代後半に、商社に出向するような形で現地にサービスマンを置き始めました。直営となる支店を作ったのは2000年初頭からで、最初にドイツに欧州支社、次に北米、2年前の2012年には中国のロンダーソンという会社と提携し、ナカシマダロンダーソンという会社を立ち上げました。

―― アメリカでは航空機関連に強いと伺っています。

中島田 アメリカ輸出を始めた当初は、主に自動車業界に売り込みに行ったようです。しかし、フィンガートランスファーの多段フォーマーが一般的ななかで、私どもはフィンガーレスの2ダイ3ブローにこだわったので、なかなかシェアを得ることができませんでした。ならば、より弊社機械の特徴が生かせるであろう西海岸の航空機業界だと。非常に精密なリベットを作りたい、多段の機械が欲しいというお客様が多数いらっしゃったので、弊社の特性が活かせると思い、足しげく通って1台、1台売っていきました。現在はフィンガートランスファーと2ダイ3ブローを含め、ここ10年間に西海岸のお客様が購入された機械の9割ぐらいは弊社だと思います。
 最近は、自動車業界で使われてきたアメリカ製の旧式な2ダイ3ブローが老朽化してきています。新しく2ダイ3ブローの8~10ミリの機械を本気で作るメーカーは、ほとんど私どもしかないので、徐々に入替需要が増えています。

―― 海外展開では、為替の影響も受けざるを得ないと思います。

中島田 円高のときは、苦しかったですね。まとめて複数台売れた直後に円高が進んだりすると、眠れなくなりました。毎日のレートに一喜一憂していて、為替に振り回されていた時期もあります。でも弊社は為替の差益や差損で生きているわけではなく、あくまでいい機械を作ることが本業ですから、最近はあまり考えないようにしています。ただ、円安になってくれたのが大きな追い風であるのは間違いないですね。

―― 国内と海外の比率は。

中島田 2000年ぐらいまでは受注の8割が国内のお客様からでしたが、現在では国内・海外の受注比率が半々です。また、国内で受注しても出荷先は海外工場、という場合も多くなっていて、出荷ベースでは過半数が海外向けになっています。

―― 海外の比率が高くなると、サービス体制などが大変ではありませんか。

中島田 今社員は約130人ですが、機械や金型の開発から、機械加工、組み立て、営業と、とにかくできることは全部自分たちでやるという考えでした。欧米の場合は30~40年かけて弊社の今の市場ができたので、サービスの体制も徐々に対応することができましたし、どのお客様がどの機械をお持ちかも管理できました。
 しかし近年は、特にアジア諸国において私どもの想定をはるかに超えるスピードでお客様が海外進出され、同時に弊社の機械も国内から現地に持ち込まれています。当然、現地からいきなり、それも様々な機種のサービス要請を頂くことになります。急速な市場の変化に、弊社が追いつくのに必死という状態です。
 弊社だけではなく、いろいろな機械メーカーや二次加工機のメーカーも同じ悩みを抱えておられるようです。このようなメーカーとサービス体制を協力する、というような方法を模索していかないと、時代に追いつかない。なんとしてもお客様にパーツやサービスを届ける、それを1日でも短縮するためには、各社ともっと連携していかないといけないと考えています。

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超小型人工衛星の開発も、すでに5号機

―― 新聞報道にあった超小型人工衛星について教えてください。

この9月26日には、国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう」から超小型人工衛星を放出するミッションの一つに、東北大学と御社が共同開発する超小型人工衛星「FREEDOM(フリーダム)」が選定されました。

中島田 「FREEDOM」は直径約10㎝、高さ約6㎝程の円柱形状で、質量約1.3kgという規格に則った、超小型人工衛星用の薄膜展開装置です。現在、スペースデブリ(宇宙ゴミ)が問題になっており、今後の人工衛星は、ミッションを終えた後に自己消滅させなければなりません。FREEDOMは、この円柱形状のユニットから1.5m四方の薄膜を瞬時に展開します。宇宙空間とはいえ、600㎞圏においてはわずかに空気が存在しますので、この薄膜が人工衛星に空気抵抗を与えることとなります。この抵抗により、人口衛星の速度を落とし、軌道を離脱させ、地球の引力により最終的には大気圏に突入し、燃え尽きさせる実験をすることが目的です。
 今回は5機目で、2017年に宇宙ステーションまで運んだ上で、そこから放出させて実験する予定です。すでに3号機は今年5月のH2Aロケットで宇宙に放出されており、4号機も現在ロケット待ちの状態です。

超小型人工衛星:「FREEDOM」薄膜展開時のイメージ図

( 超小型人工衛星:「FREEDOM」薄膜展開時のイメージ図 )

―― どのようなきっかけで、人工衛星の分野に取り組むようになったのですか。

中島田 最初は九州大学から相談を受け、人工衛星用の部品製作をお手伝いしたことがきっかけです。当時、スペースデブリ問題解決のアイデアを持っていた九州大学の学生が、後に東北大学の准教授になり、弊社と共同開発をすることになりました。
 ヘッダーとは全く違う業界ですが、金属の加工方法や非常に薄い特殊な膜を作る技術など、今後のヘッダーの機械加工の工程でも活かすことができます。今後、この人工衛星の仕事そのものが弊社のもう一つの柱になれば確かにありがたいですが、この研究から得られたものを本業であるヘッダー作りにフィードバックすることも主目的のひとつです。ですから、社内ではすべての加工情報を公開しています。

―― 宇宙分野での今後のご予定は。

中島田 現在の膜は1.5m四方ですが、次は4.5m四方で、しかも同じ規格のユニットに載せられれば、と思っています。より大きな膜の展開が可能になれば、より大きな人工衛星にも利用できるようになり、市場が広がる分事業として成り立つ可能性も高くなります。
 ただ今のところは、航空機部品のヘッダー化促進や航空機部品そのものの機械加工など、まだまだ学ぶべきものが多いので、そちらの研究開発も同時に進めていきたいと考えていますし、双方の研究成果は相乗効果にもなると思っています。

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若い人材を伸ばすには、伸ばせる会社でなければ

―― 社是「前進・協力・感謝」にはどういう思いが込められているのでしょう。

中島田 制定したのはかなり前だと思いますが、言葉通りですね。ヘッダーを作り始めて50年になりますが、100年前の曾祖父の時代から機械を作り、それがお客様のところで順調に稼働して、喜んでいただけるのがうれしい。それが機械メーカーとしてすべての原点だと思っています。

―― この仕事のやりがいは。

中島田 どんなに小さな機械でも、お客様から難しい要求をいただいたときには、特に営業も製造も集中して取り組んでいますね。夜遅くまで、みんなで残って相談している様子を目にします。工夫の余地はまだまだいくらでもありますし、そういう難問に応えていくということは、やりがいにつながりますね。

―― では品質の面で特に力を入れていることは。

中島田 精度を守るために、特に組み立て技術には力を入れています。ISO9000や14000に則るだけでなく、最終検査で音がおかしいとか、なんとなく不安があるときには、もう一度分解してみると必ずどこかに問題があります。数字にはほとんど表れないものですが、結果として問題が発生する。各機械工工程、組み立て工程の精度をもっと上げていかなければ、よりいいものはできないと思っています。

―― そのための教育はどのようにしていますか。

中島田 毎年新卒を採用していますが、男性は文系、理系に関係なく、高卒だろうと大卒だろうと、まず現場に入り、少なくとも3年ぐらいは現場を経験させます。なかでも最初に教え込むのは、きさげ作業です。
 一方で私どもの弱みとしては、お客様のように機械を使って実際に圧造製品を商品として本気で生産したことがないことです。よく言うのですが、これでは「テストドライバーのいない自動車メーカー」のようなものです。自社機械のことをどれだけ知るか、どれだけ回すかということもこれからはもっともっと経験しないと、実際に使っていらっしゃるお客様と距離ができてしまいます。お客様から下取りなどで引き取った機械を、どんどん回してユーザー視点で自社製品を見るという経験を促進したいと思っています。また、お客様にお願いして、弊社社員の研修をお願いすることも検討しています。自動車メーカーがお客様に運転を教えていただくようなもので、本当は恥ずかしい話かもしれませんが、そこから始めないと本当の機械づくりのプロにはなれないと思います。
 また、若い人間を若いうちにどれだけ鍛えるかも重要です。マイスターを育成することにも繋がりますが、立派に手に職を付ければ、社内でより活躍できるという組織にしなければ、モチベーションにならないだろうと思います。モノづくりの楽しさとか、それが自分の資産になるといった、気持ちや内面も大切ですが、第一人者になればそれなりのポジションが与えられ、一家を支えていける給料がもらえる。そういう組織にしなければ機械製造業として長続きはしないでしょうし、発展もしない。これからの若い人たちの成長と、会社そのものの成長は、自動車の両輪でなければいけないと思っています。

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ねじの重要性をまったく分っていなかった

―― 社長ご自身はこの仕事に就かれるまで何をしておられましたか。

中島田 実は、私は中島田鉄工所に入る予定はまったくありませんでした。現在の会長である私の父は中島田家の次男で、当時は副社長でしたし、父の兄である社長には息子が4人いましたから、まさか私に回ってくるとは思っていませんでした。中島田鉄工所の機械が「ヘッダー」であることは知っていましたが、「ねじを作るものらしい」というぐらいしか知りませんでした。
 物心ついたころから車が大好きで、車のデザイナーになりたかったので、県立高校の3年のときにアメリカに渡り、1年高校に行って卒業しました。そのまま家に帰らないつもりでしたが、父が一度戻って来いというので、帰国して1年遅れて日本の高校を卒業しました。
 大学はシカゴのイリノイ大学と決めていたので、高校卒業後はすぐにアメリカに渡り、4年間、工業デザインの勉強をしました。そのままアメリカで就職しようと思ったのですが、1992年当時、バブルが崩壊してアメリカでの採用は難しく、帰国して大手自動車メーカーに就職しました。4~5年、車のデザイナーをしていましたが、自分としては天職だと思っていましたね。

―― では中島田鉄工所に入られたのは。

中島田 バブル崩壊後、どんどん景気が悪くなり、弊社も厳しい状況で、加えて父の兄である社長が病気になり、社長交代の話が出てきました。このような状況のなか、4人のいとこはやらないということになったらしく、そこで初めて父から「戻ってくる気はないか」と言われました。半年考えた結果、「車は一時中断。中島田鉄工所の経営基盤が復活するまで手伝うことにしよう」と自分を納得させて戻り、1996年に入社しました。
 入社当時はねじの世界にまったく門外漢で、入っていくことができない世界のようでした。でも関わってみると、ねじ一つで製品そのものの品質が大きく変わることが分かってきました。正直ねじがこれほど重要だとは思っていなかったのですが、考えてみればねじがなければ車は動かないですし、ねじの頭が飛んだら命に係わる可能性もある。それまでは考えたこともなかったので、かなり衝撃でしたね。幸運なことに、ヘッダーという機械は、一部車のエンジンと似ている機構もあり、自分にとっては思ったよりとっつきやすかったのも幸いでした。
 自分にとってはなじみのあるアメリカで売り上げを上げたいと思いましたが、アメリカの自動車業界におけるフォーマー市場はすでに多くのメーカーが長年競争し、成熟市場となっていました。それならば、より弊社の精度や機械の特徴が活かせるであろう西海岸の航空機業界で独自のポジションを作ろうと。社長に就任したのは2010年です。

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「どのねじ屋さんにも必ず1台」が夢

―― 会長である父上から学んだことは。

中島田 私が大学生のころ、1990年ごろだったと思いますが、車を買おうという話になりました。ちょうど私も帰国していたときで、「自分が好きなアルファロメオを勧めたい」と父を連れて見に行きました。ショールームでボンネットを開け、きれいにデザインされているエンジンを見て、私は「きれいだろう!」とアピールしたのですが、父はずっと無言で見ていた挙句、ボンネットを閉じて「これはいかん。帰る」と。
 なぜかと聞いたら「ボルトの芯が出ていない。こんなボルトを使っている車にろくな車はない」とまじめに言いました。当時の私には衝撃でしたね。でも今は、父の言葉の意味が良く分ります。そのくらい機械にも、ねじにもこだわりを持っていたので、完成度の低いねじほど嫌なものはなかったのだと思います。

―― 影響を受けた人といったら。

中島田 一番影響を受けたのは、「少年よ、大志を抱け」のクラーク博士です。中学生のころでしたが、アメリカに行きたいと思う気持ちのなかに、スッと入ってきた言葉でした。
 あとは自動車メーカーにいたころ、あるプロジェクトで、当時ソニーの取締役を引退された黒木靖夫さんという工業デザイナーの方と、よくお話しをさせていただきました。いろいろな意味で非常に影響を受けました。

―― お忙しいと思いますが、休日はどのように過ごしますか。

中島田 13歳の息子と、5歳の娘がいるのですが、休日はとにかく子供と一緒にいたいですね。実際、休日はほとんど出張でつぶれてしまって、年末までに家にいられる日曜日はあと3回しかありませんが。
 娘はまだ5歳なのに、すでにほっぺたにチューもさせてくれない。娘の方から逃げていくんですよ。言葉遣いもおとなのようで、兄の方が負けていますね。

―― では社長ご自身の夢は。

中島田 世界中にどれだけねじメーカーや圧造部品メーカーがあるか分らないですが、究極の夢は「どのメーカーにも必ず一台は中島田が入っている」という世界にすることですね。数もそうですが、どれだけのお客様に「買ってよかった」と言っていただけるかだと思います。やっぱりお客様のところで、機械が順調に回っているのを見ることが一番幸せですから。

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業種を超えて、お客様に最適な提案をしたい

―― 現在、また今後は、どのようなことに取り組んでいきますか。

中島田 一つは旧型機械の図面のCAD化です。昔の機械では鋳物で作っていた部品を、これからは切削で供給できるようにしようと。旧来どおり鋳物を起こして作るより、供給体制、コスト、納期のすべての面ではるかに効率的です。現在の機械生産とは直接には関係ない作業ですが、100年前の部品でも供給できるようにという、将来のための投資だと思ってやっています。
 また最近になって、2ダイ3ブローにさらに将来性があるように感じています。2ダイ3ブローは非常に一般的な機械ですが、この10年の間で、6段や7段などの多段フォーマーでもできないけれど、むしろ2ダイ3ブローだから可能というようなパーツがたくさんあることが分かりました。また、ものすごく薄くてフィンガーでは持って行けない圧造製品なども多く出てきています。機械としては2ダイ3ブローのNPシリーズを使いながらも、特殊な金型の開発で何とか製品化できないか、というテーマに取り組んでいます。すでにNPシリーズの7割以上の新規需要は特殊パーツ生産用となっています。「2ダイ3ブローで新しい挑戦をする」ことは、弊社にとって大事な原点回帰でもあります。
 機種を問わず、金型技術そのものをどう高めていくかも非常に重要なテーマということです。「この機種」ではなく「この部品を作れる機械」というご要望がほとんどですので、これからは機械設計と同様、金型設計でも力を発揮しなければなりません。今、金型メーカーとも協力し、どうすれば一番いい形でお客様に商品をお届けできるかを研究し始めています。

―― どういう企業を目指していきたいですか。

中島田 私どもはヘッダーメーカーですので、どこまで圧造化できるかを追求することが仕事ですが、お客様が作りたいと考えている圧造製品の最終形状によっては、ヘッダー工程だけではなく、その前後の工程を知ることにより、もっと合理的な作り方もご提案できるのではないか、と思うことがあります。そのため、材料メーカーや金型メーカー、二次加工、三次加工、あるいは切削の会社などが集まって、もっとオープンに一番合理的な提案をするような活動ができると、お客様にとってもメリットがあるのではないかと思います。
 高価な機械を買っていただく以上、それがお客様に利益をもたらすものでなくてはいけません。圧造製品によっては、より複雑でより高価な機械をお考えのお客様に、もっとシンプルな機械でも十分可能ですと、逆に提案できるような企業になりたい。経験が非常に豊富なお客様に、より喜んでいただけるアイデアや技術を提供したい。
 そのためには私自身の視野をもっと広げなければいけないと思いますし、その圧造製品が完成するまでの各工程にある企業が集まって、最も合理的な作り方を考える、といったような、意味ある異業種交流ができるといいのではないかと考えています。

―― これからの工作機械はどうなっていくと思いますか。

中島田 自動化がさらに進むことは間違いありません。しかし、その一方で、あえてマニュアルを選択するという2極化が進むのではないでしょうか。完全全自動化は非常に魅力的ですが、その反面、誰にでも作れるという怖さもあります。究極のセキュリティとして、コンピュータを付けないという特殊オーダーをいただく場合も出てきています。
 いずれにしても環境配慮など当然の対策はありますが、これからはオペレータの環境、たとえば楽な段取りとか、体力に依存しないとか、そういう要素も追及していかなければいけないと思います。

―― 最後に、協会へのメッセージをお願いいたします。

中島田 日本製のねじは圧倒的に精度がそろっていて、きれいで、まじめに作られていると思います。圧造製品のレベルがこれほど高い国はほかにないのではないでしょうか。そういう意味では、世界一割安だと思っていますし、世界には、日本の高品質のねじを必要としている市場がまだまだあるような気がします。
 私どもは、お客様が「中島田と一緒にいてよかった」と思っていただけないと存在意義がありません。いい機械を作ることは当然重要ですが、機械だけではなく金型や技術研修など、お客様に前向きに製品を作っていただくため、弊社でできることがあれば微力ながらご協力したいと思っています。

―― 貴重なお話をありがとうございました。


創立100周年記念のパネルの前で中島田社長

( 創立100周年記念のパネルの前で中島田社長 )

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【会社概要】

 創 業       明治44年(1911年)5月

 設 立       昭和26年(1951年)10月

 代表者       代表取締役社長 中島田 正宏

 従業員数     132名(2014年現在)

 事業内容      ヘッダー・フォーマーの設計・製作・販売・アフターサービス

 所在地・拠点   本社: 福岡県八女郡広川町大字日吉1164-4

             東京営業所: 東京都練馬区大泉学園町5-8-20 セレッソ大泉学園202

             大阪営業所: 大阪府豊中市本町7-1-29 アンクラージュ豊中本町202

             名古屋サービスステーション: 岐阜県多治見市光ヶ丘4-25-1
                                ライフニュー光ヶ丘202

             北米支店: 14555 Valley View Ave. Suite D,Santa Fe Springs, CA 90670,U.S.A.

             欧州支店: Berliner Str. 2 65760 Eschborn Germany

             中国支店: 2/F, Oriental Plaza, 1072 Jian She Road, Luohu District,
                    Shenzhen, China

 社 是

            前進・協力・感謝

 企業理念

           『心を込めて作った製品で世界の人々に貢献』

           急速な技術革新の中、その先端に立つ努力とともに、

           「本当に求められているものは何か」

           ということを常に念頭に置き日々研鑚(けんさん)努力を重ねています。

           より生産性が高く、より信頼性の高い機械を世の中に送り出すこと。

           これが私たちの永遠のテーマです。

           お客様のニーズに確実にお応えし、

           その最終製品がやがて世界中の人々に貢献することを願いながら、

           私たちは一台一台の機械に、心を込めて生産しています。



――――――――――――――――――――

記事:ワッツコンサルティング㈱ 杉本恭子

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興津螺旋様の女性エンジニア特集記事
2014年10月23日    カテゴリ:02.コミュニケーション広場(投稿) 

ダイバーシティマネジメントが叫ばれて久しくなりました。ダイバーシティマネジメントとは、人材と働き方の多様性を活かす企業経営のことです。特に最近は、安倍政権の成長戦略の一環として「女性の活躍推進」が注目されています。そう言う背景から、女性の活躍を紹介する記事が増えています。

このたびは、日本ねじ工業協会の会員である興津螺旋様が、あるメディアの「女性エンジニアキャリア特集」に掲載されました。詳しくはこちらをご覧下さい。

「ねじガールの夢は、自分だけのねじ『瑠美スクリュー』----興津螺旋 佐野瑠美氏」

佐野さんがどのような経緯で「ねじ職人」になったのか、どのように活躍されているのか、興味深い記事になっていますが、最後に「ねじガール」という言葉を流行らせた、同社社長の柿澤氏の考え方も紹介されています。女性特有の長所を認めて活かすことで業績にも、男性社員にも良い影響が帰ってくる・・・まさにダイバーシティマネジメントですね。

 

未来開発・パブリシティ委員会事務局 高橋 投稿

NHK「クローズアップ現代」が富士セイラ株式会社を取材
2014年10月11日    カテゴリ:02.コミュニケーション広場(投稿) 
平成26年10月2日(木)放送のNHK「クローズアップ現代」(PM7:30~) に協会会員の富士セイラ株式会社殿が取り上げられました。番組のテーマは「急激な円安でいま何が・・・」です。円高に対応するため海外進出を進めてきた同社ですが、髙須俊行社長は、「円安だからといって急に引き上げる訳にはいかない」と、急激な円安に立ち向かう心情を述べられています。お見逃した方は、下記の動画を是非ご覧になってください。
 
以下、「NHKオンライン」による番組のサマリーです。ご参考まで。
アメリカの景気回復への期待と今後の利上げ観測から、世界の投資マネーが「強いドル」に集まり、円相場はこの1か月あまりで7円近く値下がりした。1ドル109円台は約6年ぶりの円安ドル高水準だ。これを受けて株価は上昇、その一方で急速に進む円安に懸念の声も出始めている。
消費の現場では、牛肉や豚肉など輸入物が1か月前に比べて2割ほど値上がりしたり、原材料費の高騰に頭を痛めたりする中小企業が出ている。また、為替の影響を受けないように海外移転を進めてきた企業は、大きな利益を上げる一方で、製造業全体の輸出は伸びていない。急速に進む円安で今、日本経済に何が起きているのか、現場ルポとデータから読み解く。(以上引用http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3560.html
未来開発・パブリシティ委員会事務局 高橋 投稿

毎日小学生新聞のねじに関する記事掲載について
2014年10月03日    カテゴリ:10.事務局からのお知らせ 

毎日小学生新聞掲載の「疑問氷解」記事に寄せられた小学生の"ねじ"に関する質問の

回答に対し、当協会大磯専務理事が取材に応じ監修した記事が10月1日付同紙に

掲載されました。newspaper.jpg

「六角ボルト・六角ナットのJIS改正に伴う説明会」を開催
2014年10月02日    カテゴリ:10.事務局からのお知らせ 

  一般社団法人日本ねじ工業協会及び日本ねじ研究協会(いずれも相澤正己会長)は、去る、9月24日大阪にて、9月26日には東京にて、「六角ボルト・六角ナットのJIS改正に伴う説明会」を開催した。

 これは、平成26年4月21日付けで、六角ボルト(JIS B 1180)及び六角ナット(JIS B 1181)の規格が改正されたが、この機に今後のねじ業界としての取り組みを説明するもの。これまで、日本ねじ工業協会と日本ねじ商業協同組合連合会は、JIS改正の動きを踏まえて、商工一体となって今後の取り組みの方向性をまとめ、今般「附属書品から本体規格品への切り替えガイド」という小冊子(リーフレット)を発行した。それを受けての説明会には、大阪でおよそ180名、東京でおよそ80名が参加した。

IMG_1938(30%).jpg東京会場の様子

 以下、東京での当日の様子を報告したい。

 先ずは相澤会長より、開会挨拶にあたり、「ねじ業界の地位の向上のためにも、商工が一体で方向性を出した。一刻も早く本体規格への切り替えの一歩を踏み出して欲しい」と訴えた。

IMG_1939(30%).jpg相澤会長挨拶

 

 次に、大磯専務理事は、「JIS B 1180(六角ボルト)及びJIS B1181(六角ナット)の改正点」をパワーポイントにまとめ、これまでのJIS改正の経緯と、今回の改正点について説明を行った。説明資料はpdfをこちら、Bolt Nut JIS26-9.pdf から見ることができます。 

IMG_1941(30%).jpg

大磯専務による改正点の説明

 

 次に、「附属書品から本体規格品への切り替えガイド」を取りまとめたリーフレット委員会を代表して平戸委員長から、同ガイドの作成に至る経緯とねじ業界の方針を訴えた。その要旨は以下の通りである。

 2009年に附属書延長措置をとったが、協会50周年を契機に、ねじ業界の地位の向上のためにも、「速やかにJIS本体規格への切り替えを働きかけて行くのが好ましい」との方針を確認し、リーフレットの作成を行って来た。これから「2020年までにJIS本体規格品の生産・供給体制を整える」、「お客様、特に設計者の皆様へ、新しい設計では本体規格を使っていただくよう働きかける」、「業界統一呼称の使用、現品識別マーク、梱包識別ラベルの施行により、間違いを防ぐ」ことを徹底した。最後に、「既にJIS本体規格品は要求と供給がなされており、また海外でも製造されている。まずは国内ねじメーカーとして、注文があったら出せる体制づくりの第一歩を踏み出して欲しい」と強く要望した。

IMG_1943(30%).jpg

リーフレット委員会を代表して平戸委員長が解説

 最後に、リーフレット委員会の橋本委員(兵庫県鋲螺釘工業協同組合理事)からJIS改正に関わるナットの留意点に関し以下の説明があった。JIS本体規格はボルトとナットの適切な組み合わせによりねじ山のせん剪断破壊を起こすことなく最大の締め付け力を得ることでき、技術的に優れている。それはISO TC2の委員会で長年にわたりテストデータで検証し改正を繰り返し、労力をかけてきた成果である。本体規格は今後も進化するが、一方の附属書は残ったとしても、今後進化をすることはない。信頼性の高い締結を提案し、安全安心を作って参りたいと訴えた。

IMG_1947(30%).jpgJIS本体規格の優位点をリーフレット委員会の橋本委員が解説

  

 以上の説明の後、質疑応答があり説明会を終了した。

 説明会のプログラム(大阪会場、東京会場ともに同内容)は以下の通り。

         14:00 開会

         14:05 JIS改正内容のポイント

         14:40 六角ボルト(JIS B 1180)に関する注意点について

         15:00 六角ナット(JIS B 1181)に関する注意点について

         15:20 質疑応答

         15:30 閉会

 

 尚、「附属書品から本体規格品への切り替えガイド」については、広く使っていただけるように、日本ねじ工業協会のホームページからダウンロードすることが可能です。以下のページにダウンロードの方法、利用する際の留意点がありますので、それに沿ってご活用いただきますようお願いいたします。

http://www.fij.or.jp/jis-guide/

 

以上

取材 未来開発・パブリシティ委員会事務局 高橋寛美

株式会社南勢 代表取締役社長 瀧 篤人氏
2014年07月03日    カテゴリ:01.「トップに聞く」 

【藤田未来開発・パブリシティ委員長から読者の皆様へ】

 会員読者の皆さん。こんにちは。未来開発パブリシィテー委員会委員長の藤田と申します。何時も会報ねじを読んで頂き有難うございます。

 この度、好評連載中の「トップに聞く」の新しいシリーズに、賛助会員のトップインタビューを連載する事となりました。正会員が仕事をする上で賛助会員会社の協力はなくてはならないものと思います。トップの想いなどを御伝えしたく思いますので宜しく御願い申し上げます。

 第一回として株式会社南勢の瀧社長に御願いしました。 是非御読み下さい。    藤田

◇ ◇ ◇

「トップに聞く」

株式会社南勢

代表取締役社長 瀧 篤人氏

聞き手 未来開発・パブリシティ委員会「トップに聞く」グループ

 

インタビューサマリー

  ・「礼節を重んじる

  ・少数のお客様を大事に

  ・人としても磨きをかけてほしい

  ・「南勢なら寿命が安定する」を目指す

  ・父の真似はできない

 

  ・会社概要IMG_3897.JPG

 

 

瀧 篤人 (たき あつひと)

1962年生まれ。1985年、愛知工業大学 経営工学部を卒業。圧造機メーカーで3年間の修行の後、1988年、株式会社南勢に入社。2006年、代表取締役社長に就任。

 

 

 

「礼節を重んじる」

―― 「南勢」はどのようにして生まれたのでしょうか。

 私の父で、創業者であり会長であった瀧勇吉は、当社を創業する前、金型メーカーに勤めており、そこで金型の技術を磨きました。とてもよく気がつく人で、それが組織の中ではうっとうしいと思われたこともあったようで、自分でやろうと考えたそうです。1964年11月に35歳で創業し、1966年4月に会社を設立しました。

―― 「南勢」という会社名の由来は。

 父の生まれ故郷が、三重県度会郡南勢町だからです。2005年に隣接する南島町と合併したため、今は南伊勢町となっています。

―― では、なぜ創業の地に名古屋を選ばれたのでしょう。

 もともとは三重県の山の中で、木の仕事をしていましたが、役者になりたかったようで、このままいなかにいてもどうしようもないと思い立ったそうです。本当は東京まで行こうと思って家を出ましたが、お金がなくて名古屋で下車したのがそもそもの発端です。名古屋では、まず仕事をしなければならないと、最初は鈴鹿の軍事工場で工員として働きました。爆弾が爆発して死にそうになったこともあると聞いています。

結局、当初の目的地だった東京には行かず、その後いくつかの仕事を経て、金型メーカーに至りました。

―― 創業当初はご苦労されたことと思います。

 お客様に喜んでいただけることをしないと、仕事はいだけないと思って、あえて緊急の修正など、工程がくずれてしまうような仕事を引き受けていました。一人で始めましたから、昼間はお客様を回って修正の仕事をいただいて、夜中に修正して翌朝お持ちするので、寝る暇もない。でもそういう努力の積み重ねで、少しずつお客様からの依頼を増やしていったそうです。

当社では「心と技」を大切にしています。お客様が困っていることを快くお引き受けして、実現できるようにすることが、心と技です。それによって仕事が増えて今の会社につながっているのですし、先代の創業当時の思いはずっと受け継がれています。今でも、修理はまっさきに対応するように心がけています。それが南勢の「魂」であり「灯」です。

―― 経営理念には、「礼節を重んじる」とあります。どういう思いを込められたのでしょう。

 経営理念は、2006年に私が社長に就任したとき掲げたものです。当社では、どんな役職、職責であろうと、年上の人は「さん」づけで呼びます。それは社長の私も含めて例外はありません。なぜなら仕事の場では後輩であっても、人生の先輩であるということを重要視しているからです。それが礼節を重んじるということだと思っています。

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少数のお客様を大事に

―― 現在御社で作られている金型の用途は。

 ファスナー関係が約60%、部品関係が約30%、残り1割は航空機関連などです。

現在の当社の設備では、小さいものは内径3.5~4ミリぐらいまで、大きいものは直径、高さとも200ミリぐらいまで作ることができます。

―― 御社の強みとなる技術にはどのようなものがありますか。

 割型技術、銅帯コイルを用いたケース技術、複合組織改質技術(PIP処理)やWPC処理による金型の長寿命化です。

割型は、日本では始めて当社が手掛けたので、六角形などの角のある形状に使います。角の部分は金属の圧縮時にストレスが大きいため、金型が割れやすくなります。そこで六角形なら、あらかじめニブを6つに割っておいて、ケース内で組み合わせて使うと、金型が呼吸できるようになるので割れません。角が丸みを生じても問題ないものには有効です。

各種の金型製品     

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金型は、ケースと中に入れる超硬合金の応力のバランスが良いと寿命が長くなります。ケースも超硬合金も十分な大きさがあることが理想ですが、限られた大きさの中で対応するために使うのが、コイルです。100分代の薄い板をコイル状に巻いた内側に超硬合金を圧入することで、強く締め付けることができます。

PIP処理は、特許を取得している企業より許可を得ている工法です。金型の表面に、粉末の  二硫化モリブデンを音速に近いスピードで吹き付けて表面に層を作る方法で、焼きつき防止の効果があります。

WPC処理も表面加工の技術ですが、0.5ミリまたはもっと小さいガラスの粒を吹きかけて表面にディンプル形状を作り表面改質を行います。それを磨くと、ディンプル形状の凹んだ部分だけ摩擦を受けないので、摩擦の表面積を減らすことができ、焼きつき防止の効果があります。PIPとWPCを組み合わせて使用する場合もあります。

これらはすべて、金型の寿命を延ばして、お客様が一つの金型でたくさん生産できるようにする技術です。

―― 現在何社ぐらいのお客様に金型を提供していますか。

 長年お取り引きいただいている8社に提供している金型が、全体の約9割を占めます。

当社は少数のお客様を大事にしていくというのがポリシーで、中には40年近くお付き合いいただいているお客様もあります。お客様と一緒に、あきらめずに開発したり改善したりして完成させるスタイルを、他のお客様に安直に提案することはできません。

金型の寿命は、工程レイアウトや打ち方にも依存するので、どれくらい使えるとは一概にはいえません。常にお客様と一緒に検討会を立ち上げ、双方で調査して改善していきます。

およそ9割は、お客様から図面をいただいて作りますが、コストパフォーマンスをよくしたり、寿命を延ばしたりするためのアドバイスをさせていただくことも多々あります。

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人としても磨きをかけてほしい

―― 現在の業界の状況をどのように見ておられますか。

 台湾や韓国の金型は、日本のレベルに近づいています。中には日本の水準に匹敵するものもあり、人件費の差を考えると、台湾や韓国が勝っている場合もあります。台湾では、日本の超硬合金を使い始めているので、金型の寿命という意味でも、日本と同じになる可能性があります。

台湾や韓国が追いついてきたということは、日本の技術の伸びが鈍っているということだと思います。それは、金型を安く作る、生産性を上げることを重視するあまり、量産という方向に進んできたためではないかと考えています。本当は人の手による作業が必要な部分、そのための時間ほど尊いのに、前工程や仕上げの処理を省いたために、場合によっては台湾製のほうが寿命が長いということも起こっていますし、命数のバラつきの原因にもなります。

モノはできていても、次の世代をうまく育てられていないということではないでしょうか。

この悩みはお客様側にもあると思います。早く作るため、安く作るために、最初から最高速で打つということもあるようですが、昔は金型をもっといたわって、打つための細工や、空運転をして金型を暖めるとか、無理のない圧造で金型になじませてから過酷な正寸で打つというようなことが行われていたと聞いています。

―― そのような現状の中で、御社ではどのように人材を育成しておられますか。

 標準化というほどではありませんが、工程の一部には作業手順書を用意して、新しく入った人には、1週間目に何個、2週間目に何個と、課題を与えて作らせたうえで、どういう仕事をさせるかを見極めています。以前はつきっきりで教えていましたが、人が教えるのは限界があると考えて、2年ほど前から始めた方法です。

また、図面や工程表の中に書かれている、過去の失敗や注意事項は非常に貴重です。抽象的な指示ではありますが、同じ失敗を繰り返さないために、また過去のいい製品と同じようないい製品が作れるように、情報を共有しています。毎週月曜日の朝、役職者やリーダー格の人たちが参加するミーティングでは、今の会社の状態や仕事の量、起こっている問題や、ほめられたことなどを話しています。

役職者を育成するにあたっては、候補生を月曜日の会議に参加させて、興味を持って積極的に質問をしてくる人に絞り込みました。当社では主任以上が役職ですが、主任候補にはあえて「班長」という肩書きを与えています。なぜ主任ではなく班長なのか、主任になるには何が足りないのかなど、興味を持ってくれる人、場合によっては自分が嫌われても会社のため、仕事のためにがんばってくれる人を、主任として迎え入れたいと考えています。

また役職を得ることによって、会社の中での責任が重くなるのはもちろんですが、家庭や地域など社会生活においても人格者になってほしいという願いがあります。社長の私もみなさんと一緒に、社長としてふさわしい人間になれるように磨こうとがんばっている。だから社員にも会社で毎日仕事をするついでに、人としても磨きをかけてほしいと思っています。

―― カタログには「南勢流マイスター」との記載があります。

 ドイツにはマイスターと呼ばれる人たちがいるそうですが、単に職人として腕がいいだけではなく、人を導くことができる人格者であることが求められると聞いています。

当社が目指すマイスターとは、「心」と「技」と「情報」が基本になります。「心」とは、金型加工への思いやりであり、次の工程はお客様であるという意識を持つことです。「技」とは、現在の技術に満足することなく、自身を磨いて高みを目指すことです。「情報」とは、固定観念にとらわれず、顧客の意見や新しい技術情報を取り入れることです。現在一人、マイスターの肩書きを持つものがいますが、こういう人材を一人でも多く育てたいと思っています。

―― 現在の社員数は約50名とのことですが、平均年齢は。

 おそらく32~33歳だと思います。事務の方以外は全員技術者で、役職者も一人の職人ですし、みんな仕事をいっぱい抱えてがんばってくれています。会社を存続しなければいけないし、社員に不満があってもいけないと、そこにはとても気をつけています。

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「南勢なら寿命が安定する」を目指す

―― 2012年5月に、本社工場を名古屋市港区から現在の岐阜県関市に移し、工場を一本化されました

 関は、20年ほど前にアフターサービス専用の工場を設立して以来、お世話になっている場所です。2007年に関工場が完成しましたが、その後リーマンショックや、タイの洪水などがあり、東日本大震災では危機管理対策の重要性を再認識し、関に本社機能を移すべきだと思いました。

また、名古屋と関に分散していた工場固有の技術を1か所に集結させることで、従業員もより切磋琢磨し、技術や会社の競争力が向上しますし、結果的にお客様によりご満足いただけるのではないかと考えたからでもあります。

もとの名古屋の本社工場は売却し、現在の名古屋営業所は、もともと社員の駐車場だった場所です。

―― 名古屋に勤務していた方も、関に通っておられるのですか。

 関に工場を集結させるにあたり、一番懸念していたのは社員が辞めてしまうことでした。でも私の考えをみんなが理解してくれ、ほぼ全員が辞めずに関に通ってくれています。それが一番うれしかったですね。

車通勤が多いためガソリン代は全額支給していますし、名古屋工場の跡地から送迎バスも運行しています。

―― 関とはどういう場所ですか。

 1300年以上の歴史がある、長良川の鵜飼が有名です。関鍛冶という刀鍛冶は、鎌倉時代から受け継がれています。また江戸時代前期の行脚僧であり、木彫りの仏像を大変多くの残している円空ゆかりの地でもあり、円空記念館では30体の実物を観ることができます。隣の美濃市では、やはり1300年以上の伝統がある美濃和紙が作られています。

この地域は、こういうものづくりが脈々と受け継がれている場所です。刀鍛冶の伝統もあり、鉄に対する思い入れもありますし、金型に向ける愛情もことのほか強いと感じています。伝統が受け継がれている場所で、社員のみんなと一緒に、金型づくりをもっと確立させていきたいと思っています。

―― 今後はどういう会社を目指したいですか。

 現在、異形もののニーズが高くなってきていますので、機械を導入していきたいと考えています。異形ものはどうしても時間がかかって普通の工程ではできませんので、今よりももっと短時間で段取りができるように教育も必要です。全体の力のバランスをとりながら、それぞれの分野の技術者が互いに補い合えるような体制を作っていきたいと思います。

また業界の状況も変化していくと思いますので、圧造の金型が必要とされる分野で、移行していける範囲内であれば、いろいろな金型に挑戦したいという思いもあります。

ただ当社の売り上げの9割を占めるリピーターのお客様のおかげで今があるわけですし、まだまだ今の仕事の本質を見極められているとは思っていません。ですから現在は、今の金型の技術をもっともっと高めて、「南勢の金型なら寿命が安定する」といわれることを目指したいと思っています。今のものづくりをもっと確立し、標準化なども明確にできてこそ、新たな分野の仕事にも移行できると思います。

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父の真似はできない

―― お父様は、2012年に亡くなられましたね。

 82歳で亡くなりました。今でも私には絶対真似ができないと思っています。

父はとにかく元気で、ちょっとやんちゃなところがある人でした。そんな人が、腰を圧迫骨折して入院したときに、衰えたなと思ったら泣けてきましたね。

―― 家業を継ぐ以外に、成りたいと思っていた職業はありましたか。

 父にうまく育てられたという感じですね。小さい頃からよく会社に連れて行かれて、社員のおにいさんとキャッチボールしたり、昼休みには弁当を食べた後に、喫茶店に連れて行ってもらったりしていました。後で聞いたのですが、私が朝から会社にいるので、社員のみなさんは私が喜ぶだろうと、喫茶店に連れて行ってごちそうしてくれていたそうです。夏休みなんて、朝から会社に連れて行かれるので正直退屈で、昼休みにジュースを飲むのが唯一の楽しみでした。みんなは働いていて大変だということも知らずにね。

学生時代は家業を継ぐための勉強などは考えず、ただ卒業したら父の会社に入るんだなと思っていました。なめていましたよね。当時は、会社を継ぐという厳しさはまったく考えていませんでした。

卒業してから圧造機メーカーさんで3年間お世話になり、そこで仕事をするということも、社会勉強もさせていただきました。本当に感謝しています。修行をせずに家業を継いでいたら、とんでもないことになっていただろうと思います。

―― 社長に就任してから新たに始めたことは。

 社長になる3年ぐらい前から、ISOへの取り組みを始めました。でも長く当社で働いている人たちの中には、今までのやり方を変えることに抵抗を示す人たちもいました。私が小さい頃に遊んでもらったということもあり、難しかったですし、本当に悩みました。社員はみんな職人さんですから、辞められても困りますし、若い人たちにもしめしがつかない。そのとき初めて父にも相談しました。

―― 自分のためにしていることはありますか。

 ゴルフは時々しますが、スポーツジムにも通っています。体力づくりも一つの目的ではありますが、本当は、自分だけの時間が欲しかったのがきっかけです。

お酒は体質的にダメなので少量しか飲みません。どちらかというと甘いものは好きかもしれませんが、炭水化物は控えめにしています。

あと、髪を切るときは美容室に行きます。最近は白髪も増えてきましたが、私は白髪交じりが似合うとは思えないので、週に2回、自分でカラーリンスをしています。髪を染めるのは「あきらめた」ということだと思うので、カラーリンス。しかも黒とこげ茶と茶色を調合して使っています。

―― ご家族には「猫」もいるとか。

 猫のために家に帰るようなものですね。アメリカンショートヘアという種類の「チョコちゃん」は、今7歳で、人間にすると49歳ぐらいですから、私と同世代です。生まれて3か月ごろから飼っていて、私が一番面倒を見ていると思いますよ。飲み屋さんに行って隣に女性が座ったりすると、帰って来た時にチョコちゃんには分るらしく、迎えに出てきません。悪いことはできませんね。

とにかくかわいくて、「この子もいつか死んじゃうんだ」と思うだけで涙が出ます。

―― では社員のみなさんと仕事を離れて交流することは。

 リーマンショック後は忘年会すらしなかったのですが、それではいけないと、関に来てからは納涼会や忘年会をしています。こういう交流の場は大事だと思います。

経営理念に掲げているとおり、南勢が存続して、繁栄していくためには、社員とその家族に幸福をもたらさなければなりません。その基盤として、礼節を重んじ、互いを尊重し合う「心」がなくてはならない。社員が充実して仕事ができ、お客様に喜んでいただけるように、これからも「心と技」を磨いていきたいと思います。

 

―― 貴重なお話をありがとうございました。

 IMG_3933.JPG

関市に集結した本社工場の前で

シンボルマークの「心」と一緒に

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【会社概要】

 

創業               昭和39年(1964年)11月

設立               昭和41年(1966年)4月

代表者           代表取締役社長 瀧 篤人

資本金           1,000万円

従業員数        50名

営業品目        冷間圧造・冷間鍛造用超硬金型

                     熱間圧造・熱間鍛造用ケース金型

所在地・拠点   本社: 〒501-3210 岐阜県関市尾太町1番地

                     名古屋営業所: 〒455-0076  愛知県名古屋市港区川間町2-32-1

経営理念

                     南勢が存続繁栄し、社員とその家族に幸福をもたらす基盤は

                     礼節を重んじ、互いに尊重しあう「心」なくしてはありえない・

                     そして我々は、塑性加工に於いてなくてはならない存在であり続けたい。

――――――――――

 

記事:ワッツコンサルティング㈱ 杉本恭子

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中小企業庁「ものづくり補助金」の採択結果を発表。会員企業の約20社が採択に。
2014年07月02日    カテゴリ:09.中小企業施策活用の奨め 

 去る6月27日、中小企業庁は、平成25年度補正中小企業・小規模事業者ものづくり・商業・サービス革新事業の1次公募二次締切り分について、補助事業者採択結果を発表しました。

 これは平成26年2月17日(月)から5月14日(水)まで公募を行ったうちの3月15日(土)以降に申請のあった15,019件について、地域採択審査委員会および全国採択審査委員会において厳正な審査を行ったもので、6,697件の補助金の採択事業者を決定したものです。

 公表になった採択リストから、事務局が会員企業の採択状況を確認したところ、約20社が確認されました。

 採択された皆様、おめでとうございます。

 

 同補助事業は、本事業は中小企業・小規模事業者が取り組む、試作品・新サービス開発、設備投資等による新しいチャレンジを支援するものです。

 また、この1次公募に引き続き、2次公募が既に始まっています。

 2次公募の受付期間は、平成26年7月1日(火)~平成26年8月11日(月)【当日消印有効】となっています。

 これからチャレンジされる皆様には、こちらから詳細をご確認いただきたいと思います。

http://www.chuokai.or.jp/josei/25mh/h25koubo_second.html

 

新会長就任に海外ねじ協会から祝辞
2014年06月19日    カテゴリ:10.事務局からのお知らせ 

 日本ねじ工業協会会長に就任した相澤会長のもとに、海外のねじ工業協会から祝辞が届いています。以下にご紹介いたします。尚、相澤会長の就任の挨拶はこちらに掲載しています。

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中国機械通用零部件工業協会緊固件分会
China Fastener Industry Association

 

一般社団法人日本ねじ工業協会
 
会長 相澤 正己 様

 

尊敬なる相澤正己会長様

 

この度は、一般社団法人日本ねじ工業協会の新会長にご当選されましたこと、誠におめでたく、中国緊固件協会を代表し、ならびに私個人の名義にてお祝いを申し上げます。

 

貴協会と当協会は業界における友好交流の歴史が長く、近年は中国の改革開放に連れ、業界の企業同士間の行き来が益々盛んになり、特に毎年の五地域ねじ協会交流大会が、われわれ両会及び地域間の同業者に定期的に交流するプラットフォームを提供し、ねじ業界の共同発展に重要な意義を有しています。

 

ご指導のもとで、貴会がますますご発展・ご隆昌のことと、貴協会と当協会の友好協力関係が新段階に発展することをご祈念申し上げます。
                                                  
敬  具

  中国機械通用零部件工業協会緊固件分会
会長 馮 金堯

2014年6月9日

   台湾區螺絲工業同業公会からの祝辞はこちら

  韓国FASTENER工業協同組合からの祝辞はこちら